2014.02.14

『道具と手仕事』で教わったやわらかいものへの視点

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村松貞次郎さんの『道具と手仕事』が復刊されました。1973年に発売された『大工道具の歴史』の続編にあたる形で1997年に発売されたのが、『道具と手仕事』です。絶版になっていましたが、岩波人文書セレクションにて待望の復刊がなされました。

『道具と手仕事』では、ノコギリ・カンナ・砥石に再度焦点を当て、再論という形で新しい知見を交えて、その歴史を振り返って論じています。

ソリウッドでは、カンナ・ノミ・ノコギリ等の手道具を使って木工作品を制作する木工教室を30年以上に渡って開催しています。その根底には、こうした道具類の良さを多くの人に知ってもらいたいという思いがあります。木工機械や電動工具の普及によって、第一戦の表舞台からは後退してしまったこれらの手道具ですが、機械や電動工具にはマネが出来ない独特の良さを持っているのは確かです。

村松さんは、建築生産についての研究をする傍らで大工道具の魅力に心を惹かれてその歴史を考察してきました。『道具と手仕事』が刊行された1997年に73歳で亡くなられています。建築史家で知られる藤森照信氏は村松さんの教え子にあたるそうです。

||やわらかいものへの視点||

さて、『道具と手仕事』ですが、1997年に書かれた本ではありますが、その文章は一文たりとも錆び付いてはいない印象を受けました。特に第1章の”やわらかいものへの視点”は心打たれる文章でした。

画一化・均質化・標準化・規格化、こうした言葉に含まれる概念を私は硬い、あるいは硬くなるとする。これとは逆に不均質・個性的・特質的・バラバラ・あいまい・千差万別とか言われるものをやわらかい(柔らかい)としている。

村松氏はやわらかいモノをこのように定義し、工業生産や大量生産を前提とする近代化を硬くなることへの歴史であったとしています。そして、硬くなることの近代化は、個性を持った不均質なものを排除してきたと指摘しています。そして、やわらかいモノの一例として”木”を挙げています。

同じ一本の木でも辺材と心材とではまったく物性が違う。こんなものは工業生産の材料としては不向きだとして排除されてきた。せいぜい均質に近いベニヤとかチップとして、やっとその末席に加入が許されてきた。微粉砕されたパルプが製紙用原料として使われるのが、それでも最高の工業的応用というところであろう。樹としてはまことに哀れな姿だ。
木は硬くなりにくいのである。やわらかいのである。

そしてやわらかいモノは、人とモノとの密接な交流がなされ、人とモノとが醸し出す素晴らしい環境を作り上げていたと説きます。さらに古びることで本物になるモノが良いとしています。

木で作られたものは、時間の経過とともに段々と古びてきます。木工製品を外に置いておけば、紫外線によってその色は失われ、灰色になってしまいます。(色を失うのは表面だけで、中は元の色のままです。)

なるべく、新品のままが長時間続くように塗装がされるようになりました。ウレタン塗装が主流でしたが、木の質感を損なわない自然系オイル塗料が開発され、多くの人に評価されるようになりました。ただし、オイル塗装をした木製品は、汚れ、キズに弱く段々と古びてきます。しかし、メンテナンスをすれば古びたオイル塗装の木製品はその輝きを取り戻し、再度我々の生活を盛り上げてくれるモノなのです。

||おがくずの語源になったオガの登場||

2章以降では、ノコギリ・カンナ・砥石についての歴史をひもとき、道具と手仕事の世界を鮮やかに描いています。弥生時代中期の水田農耕遺跡とされる静岡県の登呂遺跡。これが、日本の大工道具の出発点だそうです。登呂遺跡からは、鉄道具で加工された痕跡があるスギ材が大量に見つかっています。しかし、ノコギリの痕跡は見られないそうです。ノコギリの痕跡が見つかるのは、7世紀末に建てられた法隆寺。しかし、その痕はすべて横挽きのノコ痕です。

日本で縦挽きのノコギリが使われるようになったのは13世紀末から14世紀初めの鎌倉時代です。この時代になって木材を製材することが可能になりました。それまでは、木目にそってオノや鉈、ノミや楔を使って割って製材をしていたようです。中国から縦挽きの大鋸(オガ) が伝わり、現在のような製材が行われるようになりました。

細かい木の屑をオガクズと現在でも呼んでいますが、その語源はこの製材用のノコギリであるオガ(大鋸)にあると言われています。ここで、素朴な疑問が…
オガ(大鋸)が使われるようになる前も横挽きのノコギリは使われていました。それらを使ってでてきた木の屑の事はなんて呼んでいたのでしょうかね?それについてはこの本にも記載がないので不明です。

||台ガンナの普及は江戸時代||

現在我々がカンナと呼んでいる長方形をしたカンナは、比較的新しい大工道具です。それまでのカンナは槍カンナと呼ばれるもので、形が全然違います。槍カンナと区別するために、台ガンナと呼ぶこともあります。台ガンナは江戸時代の始まり頃から約一世紀をかけて、全国の現場で使われるようになったと推測されています。

||扱う木で違いが生まれた?||

5章ではヨーロッパ諸国と日本の道具の違いについて論じています。 村松氏は東西の道具の違いは扱う木によって違いが生じたと考察しています。ヨーロッパではナラを中心に堅い木を扱っていたので、力を入れやすいような道具が考えだされ、スギやヒノキといった軟らかい針葉樹を使った日本は、刃物の鋭利さを求めて力を抜いて仕上げる道具が使われてるようになったとしています。

さらには、ネジの文化が早くに浸透したヨーロッパと幕末から明治初期にネジが普及した差が与える道具の差にも触れています。これは私の推論ですが、日本のノコギリやカンナが西洋のものとは違って引いて使うようになったのは、ネジの有る無しにあるかもしれません。ネジを使った万力で材を固定することができれば、押してつかう事ができます。しかしそうした固定具がなければ、自分の身体を使って材料を固定しなければなりません。そう考えると引いて使うほうが、自分の身体を使って材を押さえやすいと思います。両手でカンナを押すとすると、材料を押さえるのは至難のわざです。すごい無理な体勢になりそうです。引くならば、楽に足で押さえることができます。どうですかね?

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『大工道具の歴史』は1973年の発刊ですが、現在でも発売されています。大工道具の歴史を詳しく知りたい方にはこちらをお薦めします。ノコギリ・カンナだけでなく、オノ・チョウナ・ノミ・ツチ・キリ・さしがね・墨壺の歴史について考察されています。

瑞木@相模湖

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